応援と選手の活躍、その相関関係問題ベイスターズファンが増えたことによって生まれた課題

10月11日CS移動日

10月11日付けのスポニチ中畑清さんがCS東京ドームの応援合戦を指し、「スタンドが生み出す”音の効果”が凄かった」と話していました。昨年まで中畑さんはベイスターズの監督を務めていたということを差し引いても、解説者が”声援”というものに対してここまで言及したのは珍しいのではないでしょうか。

 選手と声援の関係に関しては、「ヤスアキジャンプでもっーと盛り上げて相手を圧倒して下さい」とツイッターでつぶやいたヤマヤス投手が有名ですね。倉本選手も「石井琢朗さんの応援歌を引き継ぎたい」と語ったことで知られています。古くは故・加藤博一さんが「ヒロカズコール」をきっちり言い終わるようにとわざわざタイムをかけて屈伸していたというエピソードもありました。高橋雅裕さんは未だに『グリーングリーン』を聞くと、「俺の曲だ」と思ってしまうそうですし、なんらかの形で選手に影響を及ぼしているのは間違いありません。

 トランペットや鳴り物による応援は好き嫌いがあるかもしれません。ただ、40歳すぎた私が小学生のころからも存在していたものなので、野球観戦における文化として完全に定着しているのは間違いないでしょう。今さら「トランペットの応援やめろ」と誰かが声をあげても、なくなることはないと思います。そんなことより、声援と選手の活躍との相関関係を考えた方が面白いのではないでしょうか。

 できることなら、声援音量と選手の活躍度合いを一つ一つグラフに示してみたいところですが、いちいちデシベル的な機械を購入して、毎日球場に通って調べられるほど時間もお金もありません。ただ、どのチームも実力のある有名選手がバッターボックスに入ったり、同点、逆転のチャンスの場面になると、明らかに音量はあがりますね。応援の声量が大きければ大きいほど活躍するかというと、そうとも限らないわけですけども。だったら、阪神さんは毎年優勝していてもおかしくないはずですしね。

 でも、なんかあるような気がするんですよね。得点差が離れているとき、もしくは相手投手が好投していて、手も足もでなかったときのスタンドの雰囲気と声。ファンが先に諦めているときもありますし、逆転できるんじゃないかという雰囲気をスタンドが作っているときもあるような気がします。

 CSの東京ドーム3連戦は、ベイスターズファンが後押ししたように見えました。東京ドームの半分を青く染めるということは今までありませんでしたしね。現地観戦ができた初戦はビハインドの場面もありましたが、スタンドは逆転できそうな雰囲気でしたね。ほか2戦も中継で観戦したのですが、同じような雰囲気に感じました。暗黒時代はリードしていても、いつ逆転されてもおかしくない雰囲気が漂っていた気がします。

 そういえばなんですけど。東京ドームの初戦を見に行って、声援で気になったことがあります。応援歌などの声援が外野と内野でズレてたんですよね。当然、距離があるので、致し方ない部分もあるかと思いますが、若干、耳障りでしたね。選手もそう思ったのではないかなあと感じました。

 90年代後半から00年代前半のベイスターズ応援もそういうことがありました。特にチャンスの場面だと、応援歌のリズムとテンポがちょっとずつ早くなっていくんですね。で、合わなくなっちゃう。あれは直せないものなのかしら。

 考えてみると、ファンの多い阪神さんやソフトバンクさんの応援って、あまりズレがないですね。あれは、計算されたものなのではないでしょうか。どちらかというと、ファンの多い阪神ソフトバンクの応援歌ってダサい。それは悪いことではなくて、テンポやリズムの遅いものが多いので、皆が合わせやすいよう工夫されているからだと思うのです。

 

 応援歌でいうと、ロッテさんなんかがかっこよかったりするのですけど、ベイスターズもどちらかというと、センスがいいなあと思わせるものが多いような気がします。贔屓目かもしれませんけどね。それだけに、ちょっとテンポが速くなると、内野スタンドで合わせるのはちょっと難しい感じがします。ベイスターズはファンが増えたということで、この辺のところは応援団の方もちょっと工夫してくれればいいなあと思います。そういえば、ロッテさんの応援もあまりズレを感じませんね。あれもなんか工夫があるのかなあ。

 観戦の仕方はそれぞれありますけど、応援歌っていうのも、またエンタメの一つとして楽しめるものだと思います。選手の皆さんも、気にはしているようですし、いろいろ分析したり、考察してみるのも面白いのかなと思ったりしてみました。

 結局、結論をなにひとつ出せずにすいません。雑感ということで。