横浜投手陣の背中問題~せなかにおなか~

 「男は黙って背中で語る」なんてことを言いだしたのは誰なのでしょうか。子どものころは「何を言っているのだろう」と思っていましたが、齢も40を超えてくると、「そんなこともあるのかもしれないな」と納得してしまうようになってしまいました。粋なこと言うじゃねえかと。

  やきうをテレビやネットで放送するとき、その多くは投手のバックショットを映し出しています。配球が見やすいですしね。昔は捕手のバックショットだったらしいですけどね。

 野球ファンのほとんどはボールを追いかけますが、いつしか、私は投手の背中が気になるようになりました。

 大洋ファンだった私が最初に惚れた投手の背中は遠藤一彦投手でした。孤高のエースの異名にふさわしいピッチングでいつもスタンドを湧かしていました。弱かったホエールズの中で唯一2桁勝てた先発投手。その背中はまるで山奥に住んでいる無口な職人のようでした。近寄りがたいオーラを纏っているけど、扉を開けたら優しく迎え入れてくれる職人のおじさん。そんな雰囲気を背中から感じました。

 当時の抑えは斉藤明夫投手でした。遠藤投手が無口な職人だとしたら斎藤投手は口うるさい頑固な職人。明夫さんがラーメン屋だったら、客が私語を話しているだけで怒るでしょうね。でも、ラーメンは旨い。「ごちそうさま」って言って帰ろうとすると、二カっと笑ってくれる。そんな人でした。いや、まだ生きてますけど。

 遠藤投手は己を磨きあげるような背中。斉藤投手は戦う背中だったように感じましたね。

 遠藤投手の引退試合では斉藤投手と涙で抱き合ったシーンが知られていますが、この日に登板したのが若き日の三浦大輔投手でした。

 番長こと三浦投手の背中は、斉藤投手のそれに近いものを感じました。ただ、斉藤投手は相手を見下ろす。三浦投手は強大な相手に立ち向かう男の背中でした。浦沢直樹二十世紀少年』のケンヂが地球滅亡を目論む集団に立ち向かう背中に似ているように感じたのは私だけでしょうか。

 三浦投手は98年の優勝時メンバーでしたが、もしかしたらその背中はベイスターズの行く末を予言していたのかもしれません。黄金期を迎えるかと思われたベイスターズは主要メンバーが1人、また1人と離れていきました。そのころに活躍した木塚敦志投手の背中も三浦投手のそれに似たようなものを感じました。木塚投手は全身で体をくねらせて、相手打者に立ち向かっていく投手でした。マウンドで投手としての喜びや悲しみを全身で表現していたように思えましたね。

 あ、横浜投手陣の背中といえば忘れてはいけない人がいました。佐々木主浩投手です。佐々木投手のフォークって画面で見ていても誰も打てそうになかったのですけど、その背中も印象的でした。大魔神という異名にふさわしい背中。背筋がピンとしてたんです。ベイスターズファンの佐々木投手への信頼はフォークだけではなくて、背中で感じられたんじゃないかなあと思うのです。

 この佐々木投手の背番号を引き継いだのが高崎健太郎投手でした。二桁勝利はあげられませんでしたが、暗黒横浜を支えたエースだったのではないでしょうか。

 高崎投手も背中がピンとしてましたね。背中だけは佐々木投手に似ていたように思えるんです。私は高崎投手に背中だけで期待しましたよ。暗黒当時のベイスターズ投手陣ってマウンドにあがるとき、微妙に猫背になっていた人が多かったような気がするんですよね。コバフト投手とか。コバフト投手とか。コバフト投手とか。
 
 人間、特に男って背中に自信が現れると思うんです。自信がなくなると猫背になるし、自信があればピンと張る。自信がなくても戦う姿勢があれば背中をピンと張っている投手もいるわけです。

 現役投手ではリリーバーの背中に惹かれますね。須田幸太投手は繊細な背中。セットポジションに入ったところでも、一つ一つの動作を確認しながら、丁寧に投げようという心意気を感じますね。実際に針の穴に糸を通すようなピッチングをしますもんね。

 三上朋也投手の背中は遠藤投手と斎藤投手の背中が混同しているように見えます。時に大胆な仕事をする職人の背中です。タナケン投手の背中は三浦投手や木塚投手の背中に似ているかな。打てるもんなら打ってみろっていう背中を見せながらスローカーブを投げる感じ。あれがいいですね。ヤマヤス投手はエンターテイナーの背中ですね。やきうファンに囲まれることに悦びを感じながら投げている感じがします。

 一人、私は期待をしていた背中があります。尾仲祐哉投手の背中です。「せなかにおなか」という異名をとった尾中投手ですが、彼の背中には夢がありました。何かを目論んだ背中。こんなところでは終わらないぞという背中。戦っている相手のその先を見据えているような背中に見えました。どういう例えかよくわかりませんが。

 遅くなりましたが、尾中投手はFA人的補償阪神に行ってしまいます。尾中投手には期待していたのですけど、こればっかりは仕方ありません。きっと阪神で活躍してくれるでしょう。「せなかにおなか」。この文章をベイスターズから旅立つ尾中投手に捧げようと思います。